学業と競技は誰が両立させるのか──公欠制度に見る大学の責任
- Masaru Ito

- 5月16日
- 読了時間: 4分
大学の公欠制度の再設計が必要。学業と競技の両立の制度支援が不足し責任が不明確なため、大学主導で欠席配慮と代替学修を制度化するべきではないか。
1.背景
大学スポーツにおいて、学業と競技の両立は長年の課題とされている。長倉(2011)は、大学がアスリート学生を受け入れる以上、両者に安心して取り組める環境整備の必要性を指摘している。また、一ノ瀬(2022)も、日本ではこの両立が個人の努力に依存しており、制度的支援が不十分である現状を示している。こうした課題を具体的に考える際に論点となるのが、授業と競技日程が重複した場合の対応、すなわち欠席の扱いである。この問題に関わる制度が公認欠席(公欠)であり、その運用は大学教育の在り方と密接に関わる重要な制度課題であるといえる。
2.日本の公欠の規定の整理
日本の大学における公欠は統一的基準がなく、各大学が独自に規定している。感染症や忌引き、裁判員などの不可抗力的事由については比較的明確に規定されているが、運動部の大会参加については基準が統一されておらず、多くの場合、特例的な扱いとなっている。そのため、公欠に該当するかどうかは最終的に授業担当教員の判断に委ねられる傾向がある。
また、日本では一般に「学生が申請し、教員が許可する」仕組みが採られており、公欠は例外的措置として運用される。この背景には、大学教育が単位制度を基盤とし、学修の責任を学生個人に委ねるという考え方があると解釈できる。その一方で、大学が運動部に対して競技成果を期待し、強化指定などの支援を行っている場合、学修機会の調整が制度として十分に担保されていない点は課題として指摘できる。このような状況は、結果として教員と学生の双方に調整負担を生じさせていると考えられる。
3.アメリカのNCAA加盟大学の事例
これに対し、アメリカの全米大学体育協会(NCAA)加盟大学では、公欠に関する設計思想が大きく異なる。特に重要なのは、「公欠を誰が要請するのか」という点である。日本では学生による申請が前提となるのに対し、アメリカでは大学が認定した活動への参加を前提とし、その影響を制度的に調整する仕組みが整備されている。
例えば、University of Alabamaのガイドラインでは、大学が認定するイベントへの参加と学業責任のバランスを大学が調整することが明示されている。この枠組みにおいて、競技参加による欠席は大学の要請に基づくものとして扱われ、課題提出や試験の代替措置などの学修機会の保障が前提とされている。
さらに、NCAAでは競技参加の条件としてGPAや履修単位に関する基準が設定されており、学業と競技の両立は制度として担保されている。この点において、大学スポーツは単なる課外活動ではなく、高等教育の一部として位置づけられているといえる。もっとも、アメリカにおいても大学スポーツの商業化や学生アスリートの負担をめぐる議論が存在しており、制度としての課題がないわけではない。
4.まとめ
以上の比較から、日本とアメリカの違いは、公欠制度の有無ではなく、その制度の主体にあると整理できる。日本では学生の申請に対して大学や教員が個別に対応する仕組みであり、結果として運用のばらつきが生じやすい。一方、アメリカでは大学が制度設計の主体となり、競技参加を前提とした学修支援を組織的に行っている。
この違いは、大学スポーツを「課外活動」と捉えるか「教育の一部」と捉えるかという理念の差に基づくものであると考えられる。日本においても、競技活動を教育の一部として位置づけるのであれば、公欠の承認にとどまらず、学修機会の保障を含めた制度設計が必要となる。そのためには、大学・教員・学生の三者が共通の認識を形成し、議論を深めることが求められる。
出典
1.長倉富貴,2011「, 学生アスリートの学習支援について~山梨学院大学とアメリカの大学の事例~」『山梨学院大学経営情報学論集』17,pp.109-112.
2. 一ノ瀬大一. (2022). 大学スポーツにおけるアスリート学生に関する研究動向: 学業と競技の両立に着目して.



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