大学スポーツは「学びのエコシステム」を支える資源になれるか ~知識から全人的ウェルビーイングへの転換~
- Masaru Ito

- 8月1日
- 読了時間: 5分
人口減少社会において大学が「学びのエコシステム」へと転換する中、大学スポーツも競技中心から脱却し、健康・学習・地域貢献・キャリア形成を支える教育資源へ進化することが求められる。その実現には、ボランティア活動や地域連携、リーダーシップ育成を通じて、学生の全人的ウェルビーイングを育むマレーシアのスポーツエコシステムが参考になるのではないか。

1.大学は「学びのエコシステム」へ
人口減少社会を迎えた日本では、高等教育の在り方そのものが問われている。『知の総和』答申にも示されているように、大学改革は単なる教育制度改革ではなく、労働力確保、産業振興、地域活性化、さらには外国人材の受入れまでを含めた社会システム改革へと広がっている。
そこで見えてくるのが、これまでの「18歳から22歳中心」「学位取得中心」「教室中心」という大学モデルの限界である。これからの大学は、学生、教員、企業、地域社会、卒業生、行政など多様な主体が連携しながら価値を創出する「学びのエコシステム」の中核として機能することが求められる。その中で大学の役割も、「知識を教える場」から「人を育てる場」へと転換することが求められている。
2.知識から全人的ウェルビーイングへ
そのヒントとして注目したいのがマレーシアである。マレーシアの高等教育政策では、Lifelong Learning(生涯学習)が重要な柱として位置付けられている。大学は若者だけの教育機関ではなく、学び直しやキャリア転換を支える社会インフラとして捉えられている。実際、高等教育に参加する人々の年齢構成を見ると、最も多いのは25歳から34歳の層で36.3%を占め、18歳から24歳の層は25.3%にとどまっている(※1)。
また、Human Capital Development(人的資本開発)も高等教育政策の重要な柱の一つである。その象徴が、Malaysia Higher Education Blueprint 2026-2035で掲げられた「Holistic Well-Being(全人的ウェルビーイング)」という考え方である。これは幸福や豊かさを単なる身体的健康だけでなく、知的、精神的、感情的、社会的な側面を含めて捉え、知性・人格・身体の調和が取れた人材の育成を目指すものである。
3.なぜ全人的ウェルビーイングなのか
マレーシア資格機構(MQA)会長のDr. Zaini Ujang氏は、AI時代になるほどこの考え方が重要になると指摘している。知識そのものはAIによって容易に提供され、情報へのアクセスも誰にでも開かれている。だからこそ、これから問われるのは「何を知っているか」ではなく、「どのような人間であるか」と述べている(※1)。
社会で活躍するためには、専門知識や技術だけでは十分ではない。
リーダーシップ
協調性
レジリエンス
倫理観
健康
コミュニティへの参画
といった資質が求められる。
大学もまた、Knowledge(知識)や Skills(技能)だけでなく、Attitude(態度)や Values(価値観)まで含めた成長を支える場へと進化することが求められている。
4.マレーシアの大学とスポーツ
では、「学生が社会で活躍するための全人的ウェルビーイングを実現する教育プラットフォーム」として大学を捉えたとき、スポーツはどのような役割を果たしているのだろうか。
例えば、Universiti Teknologi Mara のスポーツユニットは、その目的を「学生と教職員の身体的健康、フィットネス、人格形成、個人的成長を促進すること」と明確に掲げている。さらに、競技スポーツだけでなく、アウトドアジムやマウンテンバイクコースなどのレクリエーション環境を整備するとともに、学生スポーツ委員会(JSP)を通じてボランティア活動やリーダーシップ、スポーツマネジメントを学ぶ機会を提供している。
また、多くのマレーシアの大学ではスポーツボランティア活動も活発に行われている。学生は大会運営や地域イベントへの参加を通じて、社会貢献や人間的成長を経験している。研究によれば、学生がスポーツボランティアに参加する主な動機は、「社会貢献」「自己成長」「キャリア形成」である(※2)。
つまりスポーツは、
健康を支える
仲間とのつながりを生み出す
リーダーシップを育む
地域社会との接点をつくる
キャリア形成を支援する
といった役割を果たす教育資源として機能しているのである。
特に重要なのは、こうした価値が競技者だけに限定されないことである。大学スポーツのエコシステムには、選手だけでなく、学生スタッフ、マネージャー、トレーナー、広報担当、ボランティア、地域住民、卒業生など、多様な主体が関わることができる。スポーツは、身体活動を通じて健康を促進するだけでなく、人と協働し、課題を解決し、地域社会とつながりながら学ぶ機会を提供する。こうした特徴は、教室での学習だけでは得ることが難しい全人的ウェルビーイングの形成に寄与する。
また、Jakiwa(2022)は、スポーツは時間管理能力や目標設定能力、継続的な努力の習慣を育むことから、学業への主体的な取り組みにも好影響を与えると述べている。
5.まとめ
今後、日本の大学も留学生や社会人を含む多様な人々が集う「学びのエコシステム」へと変化していくであろう。そのとき大学スポーツも、従来の「18歳から22歳の学生による競技活動」という枠組みを超えていく必要がある。求められるのは、競技だけを目的とするスポーツではない。第4章で述べたような機能を担う教育資源としてスポーツを位置付けることである。
マレーシアの事例が示しているのは、スポーツが単なる課外活動ではなく、人材育成や全人的ウェルビーイングを支える大学資源として機能し得るという点である。人口減少社会において大学が学びのエコシステムへと変化するならば、大学スポーツもまた、競技・健康・学習・地域貢献・キャリア形成を統合する「大学エコシステム」を支える基盤の一つへと進化することが求められる。
大学スポーツが大学エコシステムを支える資源となれるかどうか。それこそが、これからの大学スポーツの価値を考える上で最も重要な問いなのではないだろうか。
6.出典
※1 Zaini, U(2026, July 30). Higher Education in Postnormal Ecosystem in Malaysia [seminar presentation] JSPS科学研究費助成事業 成果公開国際シンポジウム, Tokyo, Japan
※2 Hidzir, A. D., Lamat, S. A., Dahlan, N. D., Rahman, M. W. A., & Bakri, N. H. S. (2021). Motivation factors to involve in sports volunteer among students: the case of University of Malaya (UM). Journal of Academia, 9(2), 56-65.
※3 Jakiwa, J., Atan, S. A., Azli, M. S., Rustam, S., Hamzah, N., & Zainuddin, A. A. (2022). The level of sports participation and academic success among Malaysian student-athletes. International Journal of Learning, Teaching and Educational Research, 21(6), 122-137.



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